歩行者
ここから南の区間は、大正9年に今津西宮線として県道に指定されていました。
出土地点は、道の東側数間で国道2号線の北2メートルくらいとのことですので、写真の消防車の運転席付近にあたります。
道の突き当たりに明星池があり、顕彰板が立っています。
内容から判断して、元は、ここから南の中国街道沿いにあったものと推定されます。
元々、中国街道沿いの浄願寺(今津駅の東方)付近にありましたが、明治時代の道路改修で不用となったために、稲荷町の前田氏が持ち帰って保管されていたもので、戦後この神社内に移されました。(『コミュニティーつと』昭和63年7月1日号による) 浄願寺付近は旧今津村と津門村の村境ですので、記載内容と一致します。また、『天明巡見使控』の村境に領杭1本があったとの記述とも一致します。
その小道を越えたところで、急に道が狭くなっています。
かつては歩行者用地下道が設けられていましたが、線路が高架化された結果、平面で渡れるようになりました。