西宮市が市民に配布している地図を使用しています。
カーソルを画像に合わせると、明治18年測量の地図が表示されます。

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1 交差点から南に向かいます。

旧津門川は埋められ、道幅がかつての倍になっています。

2 すぐにJR線に突き当たります。

線路部分は旧津門川が残っており、幅3メートルくらいの鉄橋で線路をくぐっています。

3 かつては津門川鉄橋のすぐ西側に踏切が通っていましたが、戦後あらたに開削された津門川沿いにガードが設けられたのに機に、昭和30年ころに廃止されました。
4 ガードに迂回して線路をくぐります。

自動車や自転車の通行が頻繁であるにもかかわらず歩道が無いので、歩行者にとっては危険なガードです。

5 線路の南側には踏切の痕跡が残っています。
6 戦後開削された新しい津門川を橋で渡り、線路と平行に進みます。

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この付近は、明治7年には既に鉄道が開通しており、明治18年測量の地図からはそれ以前のこまかい状況を知ることはできません。
線路に平行したこの部分は鉄道開通時に設けられた新道のように見えますが、江戸時代の西宮町絵図には、この付近を東西に走る道が描かれており、道筋は若干変更されたにせよ、古くからの道に由来すると推測されます。
町絵図はこちら

8 やがて、戦後開通した今津西線にぶつかります。
陸橋を利用して渡ります。
9 明治中頃までは、線路沿いに高い位置を通っていましたが、後に、坂の下を通る現在の道筋に変更されました。
10 この付近は交通量も多く、かなり拡幅されています。
右(北)のマンションの建っている部分が旧道です。
11 近年のJR駅前整備の結果、旧西宮町に向かう道筋は建物に遮られて途切れていますが、高木今津道はここで左折します。
12 三叉路の北側は近年まで坂道で、坂の上が明治時代の西宮停車場でした。停車場は後に現在地に近い場所に移動しましたが、旧停車場も、貨物扱い所として最近まで残っていました。